
みくらばな
南秋田郡八郎潟町真坂 三倉鼻公園
最終更新:2025/05/28




- 初来訪:享和元年(1801)11月
- 年齢:48歳
- 書名:雪の道奥雪の出羽路
- 形式:日記、図絵
- 詠歌:たびころも身に寒風の山ちかく みゆるなぎさの氷る水海
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享和元年(1801)11月12日《雪の道奥雪の出羽路》
たびころも身に寒風の山ちかく みゆるなぎさの氷る水海
平成二十四年三月 三種町教育委員会
山頂に建立。
この洞窟(岩屋)は、昔、海岸だった頃の波の浸食作用によってつくられた洞穴と言われている。
縄文時代の住居にも利用された跡があり、
洞中には八竜権現と夫殿権現と足名槌神を祀る二小祠(ほこら)がある。
昔、この洞窟に、二人の美しい少女と父修験者(おとど様)が住んでおり、
この姉妹が一人の若者に夫々求婚したがとどけられず、死にまつわる哀れな恋物語が 今に語り伝えられ、
姉は米盛り、妹は糖盛り、父は地蔵盛りに葬られ、 この三人の霊が合祀されている。

この洞窟は、昔、海岸だった頃の波の浸食作用によってつくられた洞穴と言われている。&"縄文時代の住居にも利用された跡があり、洞中には八竜権現と夫殿権現と足名槌神を祀る二小祠(ほこら)がある。
昔、この洞窟に、二人の美しい少女と父修験者(おとど様)が住んでおり、この姉妹が一人の若者に夫々求婚したがとどけられず、死にまつわる哀れな恋物語が今に語り伝えられ、姉は米盛り、妹は糖盛り、父は地蔵盛りに葬られ、この三人の霊が合祀されている。
平成二年三月二十七日 八郎潟町教育委員会

駐車場 | 案内板 | トイレ |
〇 | 〇 | × |
- 姥御前神社
- 消えた筑紫森
◆参考文献
- 菅江真澄全集
- 菅江真澄遊覧記第4巻/菅江真澄 内田武志・宮本常一翻訳
- 国立国会図書館デジタルコレクション
- 各種説明板
取材日:2017/06/06
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