いしづくりごじゅうのとう
大仙市大曲丸の内町
最終更新:2025/01/04
- 来訪:文政10年(1827)6月以降
- 年齢:74歳
- 書名:月の出羽路 仙北郡、世々のふる塚
- 形式:地誌、図絵
- 詠歌:矢なのみしこともありけめとしを経て 文字はみのこすいしの虎まろ
- 指定日:昭和31年5月21日
- 所有者:大曲 八幡神社
- 高さ:3.2m
五層の笠からなり初層(塔身)の中央月輪の左右には
- 右:【右志】為虎王丸
- 中央:月輪中種子 〇ア
- 左:【 】元亨三年七月五日 敬白
…とあり、その左右側面に月輪を刻み、種子(アク、アー)を刻んでいる。
石質あ塔身が流紋岩、その他は凝灰岩である。
この塔は本県唯一の紀年銘「元亨三年七月五日」(1323)を有し、種子の書体と塔の形式共に鎌倉期の典型的なものである。
(説明板より)
昭和31年5月21日指定
所在地:大仙市丸の内町四番六号
所有者:大曲 八幡神社
走行三.二メートル、五層の笠からなり初層(塔身)の中央月輪の左右には
(右) 【右志】為虎王丸
(中央) 月輪中種子 〇ア
(左) 【 】元亨三年七月五日 敬白
とあり、その左右側面に月輪を刻み、種子(アク、アー)を刻んでいる。
石質あ塔身が流紋岩、その他は凝灰岩である。
菅江真澄の(「月の出羽路」)によれば、寛政末から享和の初め頃、付近の土中より掘り出し、その際、木履歯牙、太刀等も出土したという。
この塔は本県唯一の紀年銘「元亨三年七月五日」(一三二三年)を有し、 種子の書体と塔の形式共に鎌倉期の典型的なものである。 別名「虎王丸塔」と呼ばれているが、虎王丸という人物については、未詳の部分が多い。
説明文あたたたたたたた
この五重塔は寛政末から享和の初め(1800~)頃、付近の土中より掘り出した。
八幡神社の社地に通路を作るので、土屋館町(どやだてまち)の人たちが大勢集まり、このあたりの土を掘りかえした時、小塚の中の盛り土の中から出たのを組み立てたものだという。その際、木履歯牙、太刀等も出土した。
別名『虎王丸塔』と呼ばれているが、虎王丸なる人物については未詳の部分が多い。
『虎王丸』なる人物については今もって不明。何者だったのか…
文政10年(1827)五重塔発掘の経緯を記録。《月の出羽路仙北郡》その文に、五倫石の落ちたるを 掘出て組み立て 層上けしかば 地層に発菩提心為虎王丸と刻たり平成2年 仙北郡連合青年会
標柱は撤去済み。
標柱は撤去済み。
近年説明板が設置され、真澄の図絵とともに解説がされている。
◆八幡神社 由緒
- 創建:室町時代
- 祭神:誉田別大神、仲姫大神、大帯大神
- 例祭日:旧暦5月25日
- 由緒:大曲城の鎮護とされる。
- 駐車場:なし
- 案内板:なし
- トイレ:なし
◆参考文献
- 菅江真澄全集/
- 菅江真澄遊覧記第2巻/菅江真澄 内田武志・宮本常一翻訳
- 国立国会図書館デジタルコレクション
- 真澄紀行/菅江真澄資料センター
- 各種標柱・説明板
取材日:2016/05/30
コメントをお書きください