まつみねじんじゃ
大館市松峰大山
最終更新:2026/05/06
見出し
文章
享和3年(1803)6月、松峰山に登る。《にえのしがらみ》
平安時代初め、弘法大師の開基とされるが以降、大地震や火災などで幾度と名と本尊を変え、明治に入り主神を月夜見命とし現在に至る。
神社までは登山コースとなっており所々に遺跡群が点在する。
Cpt.1
追記
・市指定史跡 2009年5月1日 松峯神社を中心に古代・中世に縁起を持つ密教遺跡が分布する史跡です。 松峰山(大山 標高375.7m)には信仰遺跡が多数見られ、参道に杉の巨木が並んでいます。 817年、弘法大師の開基という伝説を持ち、本尊は不動明王と言われている。 江戸時代には、松峯不動堂の別当伝寿院が大館城代佐竹氏から扶持(給与)を受けています。 現在の御堂は1867年に建立。明治政府の神仏分離政策により松峯神社と称することとなりました。 祭神は月夜見大神、天照大神などです。
追記
追記
享和三年(一八〇三)六月二十七日 松峰山に登る《にえのしがらみ》 いや高く しげるむら松 峯のこゑ 千代ふき伝う 寿きの寺 平成三年十二月 大館北秋田青少年ふるさと運動実行委員会
松峰神社は、言い伝えによれば、平安時代初めの弘仁八年(八一七)弘法大師によって開基され、 金銅の大日如来を本尊とし、四民安全を祈願した。 弘仁十三年(八二二)には左大臣誠公が御堂を建設したが、天安三年(八五九)三月三日、当地方を襲った 大地震により、御堂、仏像、その他すべて埋没してしまった。 しかし、寛平七年(八九五)宇多天皇の御勅願所となり、奉行小野良房が再建した。 以後五百余年間の状況はつまびらかではないが、室町時代に至り、秋田郡比内庄司となった浅利氏が 応永九年(一四〇二)御堂を修復して祈願所とした。 浅利氏滅亡後、第三代大館城代佐竹義房(万治元年-一六五八-より二十七年間)が本尊として千手観音を祭り、 真言宗松峰山伝寿院として再興した。 その後本尊が不動明王に変わり、再三火災に会ったが、その都度再建されて幕末に至った。 明治三年(一八七〇)、維新政府の政策に従い、主神を月夜見命とし、名称を松峰神社と改め、現在に 至っている。
説明文
あたたたたたたた
《あ》
- 山域:
- 標高:
- 祭祀:
- 宿泊:
- 別名:
あああ
-
Cpt.2
追記
INFORMATION
| 駐車場 | 案内板 | トイレ |
| × | 〇 | × |
| 駐車場 | × |
| 案内板 | 〇 |
| トイレ | × |
なまえ
住所
- 営業時間:9:00~15:30
- 料金:
内容説明
- でわwikiリンク
◆参考書籍
- 菅江真澄全集 第/未来社
- 菅江真澄遊覧記第 巻/菅江真澄 内田武志・宮本常一訳
- 国立国会図書館デジタルコレクション
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- 秋田叢書 (保護期間満了)
- 図絵引用(編集・加工済):
- 真澄紀行/菅江真澄資料センター
- 各種標柱・説明板
取材日:2017/11/08





















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