桂清水

桂清水

かつらしみず

大館市比内前田前田袋

 

最終更新:2026/05/16


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文章


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Cpt.1歌碑

◆桂清水神社 由緒
  • 山域:
  • 標高:
  • 祭祀:
  • 宿泊:
  • 別名:

歌碑 菅江真澄の道 桂清水
桂清水

うつし見るつきのかけらのかげきよくむすばぬ水も涼しかりけり

菅江真澄

平成元年7月22日 建立 大館市立南中学校PTA

 



 江戸時代の紀行家菅江真澄(1754~1829)がこの地を訪れたのは、今から186年前の享和3年(1803)旧暦6月2日、49才のときでした。
その時の様子を書き残した《贄能辞賀楽美(にえのしがらみ)》という紀行文によれば、 夏の盛り、錦神社、高村、陣ノ腰、五輪台と暑さのなかを歩いてきた真澄は、比内前田のこの冷たい清水に着いてようやくひとごこちがついたようです。
 この桂の根元からこんこんと湧き出る鏡のように澄んだ冷たい泉の情景を詠んだのが 此処の歌碑の短歌です。

平成元年7月22日 建立 大館市立南中学校PTA


【桂寒水】

 

 享和3年(1803年)6月、前田村で桂の木の根もとから湧き出る寒水(しみず)で喉を潤す。

 

《菅江真澄著・にえのしがらみ》

真澄は同じ名前の清水を岩手や青森でも見ており、田名部(青森)で稲つき唄の『葛城清水は恋の水、四十男が若くなる』と聴いて記録している。

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Cpt.2周辺散策

忠犬ハチ公の生家

追記



ハチ公生家
ハチ公生家

秋田犬は1931年日本犬として最初に国の天然記念物に指定されました。 1923年11月に大子内(おおしない)の齋藤義一宅に生まれた秋田犬は父大子内号、母胡麻号。
生後50日前後で東京に送られ、東大農学部の上野英三郎博士に飼われてハチと名付けられました。
1925年に博士が亡くなった後も渋谷駅に迎えに行く姿が新聞で紹介され、「忠犬ハチ公」として知られるようになり、1934年には渋谷駅前にハチ公の銅像が建立されました。
1935年一生を終え、博士のそばに葬られました。生家前には「忠犬ハチ公の生誕地」の石碑が建てられています。




追記 



石碑 碑文
忠犬ハチ公 生誕の地

大正12年秋、斎藤家に大子内山号を父犬、ゴマ号を母犬として4匹の秋田犬が生まれた。 当時、この地では農地整理事業が行われ、その技師たちの恩師にあたる東京帝国大学農学部教授上野英三郎氏はかねてより秋田犬を飼いたいと望んでいた。
翌年の1月、その中の1匹がこの地より旅立った。
列車は折悪しく地震のために遅れたがどうにか無事に上野駅に到着する。
大正13年1月15日
その仔犬は、上野博士の腕に抱かれ「ハチ」と名付けられた。




追記





INFORMATION

アクセス
駐車場 案内板 トイレ
× ×

(ハチ公トイレ)

駐車場 ×
案内板 ×
トイレ

(ハチ公トイレ)



【周辺施設】

なまえ

住所


  • 営業時間:9:00~15:30
  • 料金:

 内容説明

 



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  • 仮メモ用

◆参考書籍

  • 菅江真澄全集 第/未来社
  • 菅江真澄遊覧記第 巻/菅江真澄 内田武志・宮本常一訳
  • 国立国会図書館デジタルコレクション
    • 秋田叢書 (保護期間満了)
    • 図絵引用(編集・加工済):
  • 真澄紀行/菅江真澄資料センター
  • 各種標柱・説明板



取材日:2017/04/15、2017/11/08

【菅江 真澄 (著), 内田 武志 (著), 宮本 常一 (著)/平凡社/東洋文庫】
【くめ げんいち著/おはなしノンフィクション絵本】