草城 伝説のルーツ

草城 伝説のルーツ

くさき でんせつたちのるーつ

鹿角市十和田草木 各所

 

最終更新:2026/04/11


 

伝説出生の地

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文章



Cpt.1八郎太郎のルーツ

編集中

「三湖伝説の主人公」八郎太郎出生の地
八郎太郎出生の地

了観の子孫としてここ草木に生まれた、天下無双の若者。 奥入瀬にてイワナを食べ、喉が渇き水を飲み続けては龍に化身し、十和田湖を作りました。  修行中の南祖坊とは、仏法力にて敗れ追い出された。 その後、八郎潟を造り崇められ、やがて田沢湖の辰子姫と恋仲になり暮らしています。 平成23年12月建立 十和田地域つくり協議会 中草木自治会




 八郎太郎伝説 桂の井戸

この井戸水は八郎太郎誕生の折、産湯として使われたといわれています。 この水を朝夕飲んで、りっぱな若者に成長したと言われている。

※八郎太郎

あああ

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Cpt.2 定六とシロのルーツ

編集中

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「又鬼伝説」左多六と忠犬シロのふるさと

 天下御免の又鬼免状巻物を源頼朝公より拝領し代々相伝していた。  厳冬の如月、左多六とシロは狩りにでかけ獲物を追って他の領内に入り捕縛された。 巻物を所持せず苦境に陥る主人を助けようとシロは必死に走り続けた。  無念にも妻とシロの願いは届かず、悲痛の叫びを森の山頂より何日も轟かした。 領域外へ退去を命じられ妻とシロは草木の地を追われる。 やがて歳月は流れ今は、葛原の老犬神社に祀られ静かに安らかに眠っている。 平成24年11月建立 十和田地域づくり協議会 下草木自治会




※定六とシロ

あああ


伝説・又鬼左多六とシロ

・由来……  昔、崇神天皇の頃、二戸郡より”定六“と申す又鬼が皮投岳をこえきて、鹿角の里を開拓したという。 その子孫も代々左多六と称し、又鬼を生業とした。中に源頼朝公の富士巻狩に召出され功名を挙げた人もあった。  その後、南部信直候の頃、先祖の功績により、天下御免の又鬼免状を与えられた。その左多六と、忠犬シロの悲哀物語がこの伝説である。 ・物語……  ある年の如月、左多六は愛犬シロを連れ狩にでた。 その日に限って獲物はなく、遠く四角岳の方までい った。やっと一匹の羚羊をみつけ撃ったが、手負いのまま逃げられ、峠をこえて三戸領にはいった。 獲物を撃ち取り帰ろうとした時、三戸の又鬼教人に取り囲まれ誰何(すいか)された。 左多六は 「天下御免の又鬼だ、コレお墨付も」 と、懐に手を入れたが、運悪く免状がなかった。  証拠の免状がないので、三戸城の武士に引き渡された左多六は、申し開きも聞き入れられず、牢に入れられ、3日後には処刑ときまった。 シロは主人の身辺ただならぬことを知り、ようすを窺っていたが、明日は処刑という晩に、格子ごしに主人に近寄ることができた。 「あの巻物さえあれば助かるのに」 と嘆く主人のことばが長年苦楽を共にしたシロに通じたのか、三戸から草木へと、十数里の道を一目散に駆けもどった。 家に帰りついたシロは激しく吠えた。 左多六の妻は食物を与えたが、シロはロにもせず、むなしく三戸にもどった。左多六は 「仏壇の引き出しに」 と念を押すように幾度も言った。 また草木まで駆けもどったシロは、仏壇に向かって火のつくように吠えた。 佐多六の妻は引出の巻物に気づき、竹筒に入れ、シロの首に結びつけた。  シロは駆け続けたが、峠をこえる頃、東の空に明けの鐘がひびき、左多六の命は春の淡雪のように消えていった。 シロは主人の無念を偲び、根みの遠く吠えを七日七夜も続けた。この森は今も犬吠森と呼ばれている。  帰りついたシロの首に巻物が結びついていたので、 左多六の死を知った妻は悲嘆にくれたが 「所払いだ、 南都領を出ろ」 といわれ、シロを連れ葛原に移った。 シロは老犬となり死んたが、その後も色々ふしぎなことが生じたので、村人たちはシロにまつわる悲しい話に同情し、死屍を小高い丘に手厚く葬った。 今の老犬神社であり、 秋田犬の神社として全国的に著名である。  この地は伝説の主人公、又鬼左多六の住んだ屋教であり、主人公に忠節を尽くした秋田犬の元祖ともいうべき、忠犬シロのふるさとである。 (斎藤長八 文)




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Cpt.3 錦木塚伝説の一端

編集中
※注釈

あああ

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◆草城神社 由緒
  • 祭神:
    • 稲倉魂命(イナクラタマノミコト)
    • 大己貴命(オオナムチノミコト)
    • 伊弉諾命(イザナギノミコト)
    • 大山祇命(オオヤマスミノミコト)
    • 誉田別命(ホンダワケノミコト)
    • 白山姫命(シラヤマヒメノミコト)
  • 例祭:
    • 春祭 5月10日(宵宮 9日)
    • 秋祭 10月10日(宵宮 9日)

草城神社の由来
草城神社の由来

鎮守:鹿角市十和田草木字館ノ下52 •祭神: 稲倉魂命(イナクラタマノミコト)・大己貴命(オオナムチノミコト)・伊弉諾命(イザナギノミコト)・大山祇命(オオヤマスミノミコト)・誉田別命(ホンダワケノミコト)・白山姫命(シラヤマヒメノミコト) •例祭: 春祭 5月10日(宵宮 9日) 秋祭 10月10日(宵宮 9日) •由来 一.正保年中(1644〜47)草木村中にて稲荷神社として創建。(不動院神社由緒調) 二.享保2年(1717)社殿建替 三.嘉永2年(1849)草木村中あてに正一位稲荷神社大明神安鎮證書が、 城州(京都)稲荷惣本山より授けられた。 四.明治6年(1873)草木村の村社となる。 五.明治41年(1904)草木神社と改称した。 六.大正11年(1922)神饌幣帛供進神社となる。 ・社地の伝承 伝承によると、鹿角三郷士の一人、草木丹後という幻の豪族の住んでいた所で、 周囲に堀をめぐらし水を引いて堅めた環壕をもった屋敷跡である。




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INFORMATION

アクセス
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【周辺施設】

なまえ

住所


  • 営業時間:9:00~15:30
  • 料金:

 内容説明

 



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◆参考書籍

  • 菅江真澄全集 第/未来社
  • 菅江真澄遊覧記第 巻/菅江真澄 内田武志・宮本常一訳
  • 国立国会図書館デジタルコレクション
    • 秋田叢書 (保護期間満了)
    • 図絵引用(編集・加工済):
  • 真澄紀行/菅江真澄資料センター
  • 各種標柱・説明板


 


取材日:2021/04/06

【田口 昌樹 (著)/無明舎出版 】
【田口昌樹(著)/無明舎出版】
【田口昌樹 (著)/無明舎出版】
【田口昌樹(著)/無明舎出版】
【田口 昌樹 (著)/無明舎出版】
【木崎 和廣 (編集), 鎌田 幸男 (編集), 稲 雄次 (編集)/無明舎出版】
【秋田県教育委員会 (編集) 】
【瀬川 拓男 (編集), 松谷 みよ子 (編集)/未来社】
【佐藤 稔 (著)他/無明舎出版】