佐竹 義和


佐竹 義和

【さたけ よしまさ】

【人物】


 

風流に喫した佐竹氏中興の祖

編集中
人物プロフィール
【】
  • 9代藩主
  • 生没年:安永4年(1775)~文化12年(1815)
  • 出身地:
  • 肩書:
  • その他:

(1775年 - 1815年) 先代の長男 従四位下 9代出羽久保田藩主 堀田正順娘 佐竹義厚

女(松平容敬正室)

 

  秋田藩9代藩主。

天明5年(1785)に11歳で襲封するが、幼年であったため叔父義方が後見する。

  寛政元年(1789)、学館(後の明徳館)創設の旨を達し、秋田藩を担う人材育成の制度を定めた。郡奉行の設置、領内産物の保護奨励、銅山改革、医学奨励、植林奨励など、

藩政の改革において幾多の業績を上げた。

 

 また、詩歌書画にも優れ、泰莪(たいが)、知足斎、日新斎などと号し、多くの作品を残している。

真澄の地誌編纂は藩主・義和の内諾という形でスタートした。


菅江真澄との邂逅

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INFORMATION

関連アーカイブ

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◆参考書籍


最終更新:2025/08/20

 

【渡部 景一 (著)/無明舎出版】
【田口昌樹(著)/無明舎出版】