大友 直枝


【おおとも なおえ】

【人物】

  • 天明5年(1785)〜文政12年(1829)
  • 国学者、波宇志別神社神職

 八沢木(横手市大森)式内社保呂羽山波宇志別神社の神職にして本居家に留学した国学者

さらに明徳館和学方の初代取立係に任命され秋田本居学のリーダーを務めた。さらにさらに眼病治療のため江戸に上り、治療とともに医術を学び、久保田城下で眼科医を開業した属性モリモリなインテリ。

 

 真澄と直枝は文政5年(1822)3月28日に大戸(秋田市上北手)の松淵家宅にて初対面し事とが《筆の山口》に記されている。

 

 また同じ日付で、大戸から実家の波宇志別神社の弟兵衛にあてた書簡が残されている(菅江真澄全集第12巻)

内容は近く真澄が八沢木を訪ねる旨が書かれてあり、

 

『真澄翁は逗留先に迷惑をかけまいと箱入りの便器を持参している(意訳)。』

 

などと真澄の人となりを伝えているのが面白い。

真澄もまた客人としての立場を解した旅の心得が書簡から伝わる。


関連リンク


◆参考文献

・菅江真澄全集第12巻

・菅江真澄読本4/田口昌樹 著

国立国会図書館デジタルコレクション

秋田叢書第5巻

・真澄紀行/菅江真澄資料センター

・没後百九十年記念展 菅江真澄、記憶のかたち

/秋田県立博物館

・各種説明板


最終更新:2023/3/17