樺細工

樺細工

【かばざいく】

【工芸】


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 仙北市角館の樺細工は、江戸時代中期の天明年間(1781-1788)の頃、秋田県北部の剛仁地方に伝承されていた山桜の皮の細工法を、佐竹北家の武士、藤村彦六が修得したのが始まりとされる。


 冷害で飢饉に悩む藩内にその技法が伝授され、藩主の保護奨励もあって文化年間(1804-1817)には技術的基盤が確立し、下級武士の副業として成り立つまでになった。

 明治時代に入ると禄を失った武士が本格的に樺細工に取り組み、しだいに角館の町人の間にも技術が 波及。問屋制度確立されて、地場産業としての基礎ができあがる。

 大正時代から昭和時代初期にかけて技術開発も進み、胴乱、印籠などの古いものだけでなく、茶筒、盆などの日用雑器も製作されて、今日にみられる製品の原型が作られるように なった。


 華細工の製品はその製法の違いにより、

木型に合わせて芯を作り、その上に棒を張りつけた筒状の『型もの』(茶筒など)、

下地に木地を使った箱型の『木地もの』(文箱 硯箱など)、

積層状に張り重ねた樹皮を彫 刻した『たたみもの』(ブローチなどの装身具)

の3種類に大別される。 


 昭和51年(1976)、秋田県で最初に国の伝統的工芸品に指定された。


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◆参考文献

  • 秋田ふるさと村展示
  • 各種説明板

最終更新:2024/4/10