江戸四大飢饉


江戸四大飢饉

【えどよんだいききん】

【災害】


 江戸四大飢饉と称されるうちの一つ。
天保4年(1833)は東北一円が大凶作に襲われた年だった。特に岩手、青森のは大きくひどいものだったと伝えられている。

折からの凶作続きと太平洋側特有の気候『やませ』も影響した冷害により壊滅的な飢饉に見舞われた。

 東北地方の被害が甚大で気仙沼でも1300人余の死者が出た。
米価の高騰で賄賂が横行し、各地で一揆や打ちこわしが頻発した。
東北飢饉事情
東北飢饉事情

江戸四大飢饉
天保無縁塚(横手市雄物川町)
天保無縁塚(横手市雄物川町)
天明の飢饉供養 不動明王像(男鹿市北浦大滝)
天明の飢饉供養 不動明王像(男鹿市北浦大滝)

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最終更新:2024/09/30


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コメント: 2
  • #1

    チャンチャン (火曜日, 23 12月 2025 12:12)

    秋田住です。秋田の大飢饉は「カケチ」ではなく「ケカチ」と呼んでます。特に天保四年は巳年でしたので、「巳年のケカチ」と言われています。

  • #2

    ささきゑびす(管理人) (火曜日, 06 1月 2026 23:34)

    チャンチャン様

    コメント、ご指摘ありがとうございます。
    記事の画像も後ほど修正、追記いたします。