浅利氏


浅利氏

【あさりうじ】

【氏族】

  • プロフ編集

編集中

●標柱:菅江真澄の道 大日堂

 享和2年(1802)浅利一統の悲運を記録。《雪の秋田根》

むかし誰が 手に馴らしけん 四の緒に しらべのえたる 松風のこゑ

平成3年12月 大館北秋田青少年ふるさと運動実行委員会


●標柱:十狐(独鈷)城址

 浅利氏居住の跡と推定されるが、本当のところは明らかにされていない。

比内町教育委員会



●説明板:大日堂前遺跡【独鈷遺跡】・中世「甲斐源氏 浅利氏」十狐城址入口

 これより上る高台は、上野(うわの)と称して縄文中期以降の遺跡と戦国武将「浅利氏」の居城跡が連なる古代比内地方の重要拠点であった。近年まで野中・庚塚の集落も存在した。

 鹿角市にある小豆沢・長牛の大日堂と独鈷大日堂はダンブリ長者物語で知られるように

創建由緒を同じくするも、物語は独鈷より始まり東方へと進んでいく。

 奥州藤原時代・戦国期の浅利時代・江戸時代は佐竹氏(十二所城代塩谷氏)と尊崇されてきた大日堂(現在の大日神社)には重要文化財が多数所蔵されている。


〇大日神社所蔵文化財

・大日如来座像(木造)

 桂材の一本造り 身長1.6m 肩幅0.9m

日本最初の大僧正 行基菩薩の作と伝えられる一木三体の如来像を大日堂三社に安置したが、現存するのは独鈷大日堂のみである(残りは鹿角市小豆沢、長牛へ1体ずつ)。


・十一面千手観音菩薩立像(木造)

 身高2m

一本造りで背ぐりを施す。頭髪は毛彫りに表現され、裳の作風は藤原期の古型に見る量感がある。江戸時代の優れた刀法を示すものである。


・四天王像(木造四体)

 身高1.5-1.6m

如来坐像と同時期の作と推定される。

一本造りであるが、両腕は別木を寄せ肩以下は欠損現存しない。


・毘沙門十像(木造十体)

制作年代は江戸時代以前であるが不明。


・大絵馬・二連遠雁図(一対)

 胡粉彩色

享保19年(1734)5月18日と奉納記入があり、県内最古の絵馬である。


・鰐口(わにくち)(一口)

大館城主佐竹西家第六代義村の息女 病気平癒祈願のため奉納されたもの。

京あたりの既製品に文字を陰刻させたもの。


・琵琶(木種 鉄刀木)

 十狐城主浅利則頼遺愛の古器

菅江真澄《雪の秋田根》に詠まれている短冊が納めらてある

「むかし誰が 手に馴らしけむ 四つの緒に 調べかへたる 松風のこゑ」


関連アーカイブ

でわwiki関連リンク
  • 大日堂
  • 浅利氏の琵琶

◆参考書籍


最終更新:2024/07/18

【室山 まゆみ (著)/てんとう虫コミックス】